校長室だより

校長室だより

学校評価に関する会議が行われました!

6月21日(木)

 授業見学 学校評議員会 学校評価懇話会

 を実施しました。「学校自己評価システムシート」に係る御意見を頂戴しながら、

 後半の懇話会では生徒を交えて、「これからのコロナ禍における学校生活について」

 という題目で活発な意見交換が行えました。生徒からは学校行事の正常化、実施に向

 けた意見が数多く出されました。

  

 他にも学校の課題解決に向けて真摯に受け止め、実行していくという強い決意が表

 明されました。

 1年間どうぞよろしくお願いします。

遠足に行くぞ!

待ちに待った遠足です。

天候が悪い出発時刻でしたが、じきに止むと思われます。

沢山の思い出をつくって、友情を育もうではありませんか。

 全日制

  1学年 : さがみ湖プレジャーフォレスト

  2学年 : 東武動物公園

  3学年 : よみうりランド

 定時制

  全学年ともに : 上野恩賜公園近辺

   

   

 

総探オリ実施しました!

2学年の総合的な探求の時間に関するオリエンテーションを行いました。

講師として

 (独)JICA埼玉デスク 推進員 矢田部 建佑 様

 芝浦工業大学 大宮校舎 SDGs学生委員会 ー綾いと-

の皆様をお招きして、今年度の研究テーマに沿った講義を実施しました。

 今年度は、SDGsを中心に、持続可能な開発目標に照らし合わせた探究を推進していきます。

 外部の方々、上尾市の広聴広報課の方にも御参会いただき、今後の探究活動の大いなる発展を

肌で感じることができました。

  

  

  18歳成人に関しても民法改正、ますます高校生に責任が問われる時代となりました。

 役割を果たせるよう、一つ一つの授業、活動全般に対し、興味関心を抱いてください。

令和4年度 第65回入学式 校長式辞

令和四年度第六十五回入学式 校長式辞

 

式辞

 

 本日はお日柄も良く、また多くの保護者の皆様方に御出席いただき、誠にありがとうございます。感謝申し上げます。只今入学を許可された上尾高校の入学生の皆様方、入学誠におめでとうございます。保護者の皆様方におかれても、感無量、ここまで育てられた御子息、御子女の成長を目の当たりにし、感慨深く思う気持ちを察すると、子を持つ親の気持ちとして、相通じるものがあると、感じざるを得ません。まさに本日の入学式、集う全員の気持ちを察して、ここに喜びと、明日からの高校生活全般に係る期待、希望を感じさせてくれます。

 さて、新入生の皆さんが抱く期待とはどのようなものでしょうか。我々公務員の使命は、期待にこたえ、皆さんの高校生活をより良いものに変えていく力添えをすることだと思います。私学の攻勢を目の当たりに感じている今、座して待つという姿勢では物事は変革していきません。ましてや次世代への教育に追随する大いなる変革に対応できる教育力を身に着ける。力強い学校経営を実現する高等学校でありたいと考えています。

 また、保護者の方々が期待する信頼、信用という部分にも真摯に向き合いながら、公教育ならではの先進的かつ迅速な対応を心掛け、お子様の成長を後押しできればと考えております。

 さて、本日午前中の始業式の中で私は、論語、「子曰く、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、己(おのれ)の人を知らざるを患(うれ)う」という一説を述べさせていただきました。どんなに自分の実績が顕著であり、自己満足していようとも、他者との共存無くして、また、他者の偉業や功績をたたえられねば、自己の成長は認められないという孔子の教えです。戦いに出向く武士が、敵を知らずして戦術を練ることが出来ましょうか。スポーツの対戦の中で、決戦に挑む相手を知らずして、どのような対策を考察できるでしょうか。相手あっての人生。互いに尊重しあいながら、自己の成長を感じることができる喜びは、高校生活で、なくてはならないものです。多くの友人をつくり、夢を語り合いながら、実現に向けた三年間をおくれるよう、今日から上尾高校生として前向きに生活していっていただきたいものです。

 結びに、本日のスタートを心にとめ、三年後の成長した自分の姿を心に描きながら、ひたすら、ただひたむきに努力する。上尾高校生としての誇りを持ちながら充実した高校生活を送ることができるよう、心よりお祈り申し上げます。校歌にも歌われる、あふれ出る希望は漲る力そのものであり、若い命の泉を潤すものなのです。

 共に、元気に、意気新たに学んでいきましょう。上尾高校は皆の、我らの母校なのです。

 

  令和四年四月八日

第二十四代校長  嶋村 秀樹

 

 

令和4年度 第1学期始業式 校長式辞

令和4年度第1学期始業式校長式辞

 

校長 嶋村 秀樹

 

式辞

 

 新たに令和4年度を迎え、心晴れやかに皆さんの前でお話しできること、心より嬉しく思います。このように対面でお話ができることは、自分にとっても歴史的な事のように思えます。皆さんは年度の変わり目を有意義に過ごされたことと思います。

 春は、別れと出会いの交錯する季節であり、この二つを経験することで、人は大きく成長していけるのだと思います。別れは辛いことですが、新たな仲間と出会える春、この奇跡の巡り合わせを大切にしていただきたいと思います。年始に私から、繋ぐこと、継承することの大切さをお話ししました。先輩から後輩へ、後輩はまた巡り合える新たな出会いの人々へ、襷を繋いでいける一年であってほしいと思います。

 さて、論語の一文にこのような言葉があります。

 

 「子曰く、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、

                 己(おのれ)の人を知らざるを患(うれ)う。」

 

 孔子曰く、「人が一向に自分を認めてくれないと嘆いてはいけない。 自分こそ他人の良さをわかっていないのではないか、 真価を理解できずにいるのではないかと、そのことを憂いなさい。」

 孔子の謙譲(けんじょう)の精神として知られている有名な論語の一文であります。

 誰でも人に認められたいし、認められれば嬉しいものです。しかし、一生懸命に仕事に打ち込んでいるし、決して人には負けないほど努力しているつもりだが、その割には報われない。そんなときに、つい愚痴をこぼしてしまうのが人情である。

 孔子は、自分の価値や能力を認めて貰いたいのであれば、まずは自分の周囲にいる優れた人物の価値を認めなさいと説いています。

 独りよがりの自分は、他人から見ても成長できぬ要因があります。何故相手の良いところを知り、相手を敬う気持ちを持たないのか?少しでもそのような気持ちになり、そのような行動ができれば、自分に対する評価も違ってくるのに全く惜しい話しであります。といったところでしょうか?

 今から7年ほど前、私が教頭でこの学校に赴任した一年目だったと思います。卒業式を終えた午後に、3年生の男子学生が、受験担当の先生に連れられて私のところに来ました。彼は泣いていました。「私は、第一志望どころか、ほとんどの大学が不合格となり、愕然としています。」「あんなに、努力したのに、全く歯が立たなかった。」「自分としては進みたくない大学に1校合格しただけで、仮面浪人しようと考えている。」「先生はどう思われますか?」と、堰を切ったように話し始めました。その大学名と学部を聞いて、私は、是非進んでもらいたい。大いに学ぶ価値のある大学と判断しましたが、彼は一度もその大学に足を運んだこともない。土地柄も、大学の雰囲気も、授業内容も全く調べていなかったのです。抑えとしてただ受験したのでしょう。私は入学し、勉学に励み、卒業することが最善と応えましたが、そのあとの彼の行動は全く分からずとなっています。もう、進学していれば、卒業し、就職をしている年代ですが、彼の消息は未だ不明です。

 結論、知らないのなら、最初から受験する必要はなかったのです。

 あの時、彼が自分の現状を素直に把握し、相手方に寄り添い、自らの智を傾けられたら、どのように変わっていたのか?自分が追い求める進路に対して真っすぐに立ち向かう事は大切であり、そのような考えもリスペクトしたいと思います。しかし、相手や敵を知ること。スポーツでも同じです。何故、敵情視察や、データ収集が必要なのか?最初から敗戦と思い戦う必要はないのです。勝てないと思っても相手を知ること、相手の行動や、実績を評価することで、己自身の成長が見込まれると思います。

 高等学校に所属することは、他人と共存することです。お互いに利己的な観念を捨て、互いに寄り添いながら、生活していける。そんな高校生活を送ることができれば、後悔や間違いのない3年間であれると思います。

 聞く、問う、語る。当たり前のことを当たり前に行いながら、これから先の1年、2年を有意義に過ごしていただければと思います。

 以上で私からの話を終了したいと思います。互いに、楽しく笑顔あふれる上尾高校生であることを心から期待するとともに、自己の頑張りの中で、結果を残していっていただければ、この上ない喜びです。

 以上で始業式の話しを終了させていただきます。御静聴ありがとうございました。

 

令和3年度 修了式 校長式辞

令和3年度 修了式 校長式辞

 

校長 嶋村 秀樹

 

式辞

 多くの努力や、偉業、皆さんの成長に対して、この上ない賛辞を呈するとともに、次年度以降の活躍に対し、心から称賛の気持ちを捧げていきたいと思います。先ずはこの一年間、本当にお世話になりました。昨年度の今時分においては、前校長先生が、次年度に向けて明るい方針を掲げながらも、注意深く学校生活を送っていこうという、強いメッセージと共に、皆さんの活躍を期待する気持ちが校長式辞として表れていたと思われます。

 私自身は、コロナウイルス全般に関して注視はしていきますが、取り立てて大騒ぎはしたくないと感じていますので、情勢が変わらぬならば、今後はそのようなことを述べることは少なくなるかと思います。

 元お笑い芸人の西野亮廣(にしのあきひろ)さん、コンビ、キンコンで活躍され、現在では絵本作家や映画のプロデュース(えんとつ町のプぺル)をされています。様々な部分で、バッシングを受けたり、事務所を解雇されたりと、さんざんな目にお会いした境遇をお持ちの方ですが、先日近畿大学の卒業式で来賓待遇を受け、こんなことを申しておりました。

 11時台を大切にしましょう。時計の長針と短針は1時間に必ず1回、巡りあってドッキングします。それは必然のように。しかし、11時から12時までは、重なり合うことがないということです。すなわち、当たり前のように物事が進むことも、それが行われない時もある。上手くいかないときもあるが、そのあとには必ず皆さんに有益なことが必ずあるという事なのです。

 むしゃくしゃする、自分は有益でない、必要ないという人材では決してありません。

 是非、人に巡り合わない時、時間を明日への喜びや、糧に感じられるように、時を刻みながら、様々な考えをここで生かしていけるように、おごらず、くさらず、前向きに、学校生活を送っていただければと思います。

 耐える時も大切。自分と向き合いながらできることを一つ一つこなしていくことは大切なことだと思います。

 さて、話はがらりと変わりますが、私の趣味のひとつに、腕時計を収集することがあります。ロレックスやオメガなどの高級品を収集できれば良いのですが、一人の公務員として、財政状態を考えるとそういうわけにもまいりません。今私が着けているのはSEIKO5という、1960年代から70年代にかけて、日本の若者に対し、爆発的にもて流行らせた代物です。

 1.切れないゼンマイ(ダイアフレックス)

 2.耐震装置(ダイアショック)

 3.自動巻き

 4.防水機能

 5.デイ・デイト表示

 このような機能があるので、5と命名されたと思われますが、一番はやはり自動巻きということでしょう。毎日ムーブメントに衝撃を与えて起こす。ワインディングマシーンで常時起動させればよいのですが、起こすこと、合わすことがまた楽しみになります。クオーツや電波全盛ですが、裏スケの機械式を安価に楽しめることも、また楽しいものです。

 11時台を大切に生きること、趣味などで隙間を埋めることも大切ですが、高校生活の中でしかできないものに没頭し、やがて来る正常化した世の中で皆さんが生き生きと活躍できることを心よりお祈りするとともに、新年度に向けて早めの準備に取りかかっていただければ幸いに存じます。

令和3年度 第62回卒業証書授与式 校長式辞

 

令和三年度第六十二回卒業証書授与式

 

 校長 式辞

 

 式辞 時代の流れが大きく変わろうとも、経済の動向や社会情勢に変化が生じようとも、狂気に震える戦火の中でさえも、日本では季節の変化が春を連れてきます。四季折々の趣を感じながら、三年間の就業を終える皆さんに、このよき日に言葉をなげかけることができることは、ほんとうにうれしい限りでございます。

 保護者席より、PTA会長 小宮山 惠介 様 をはじめ、本校の学校運営を支えていただいたPTA本部役員の皆様方が、御臨席いただいたこと、このよき日に、式場全体に、花を添えていただいたことに対し、最大限の感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。

 さて、卒業証書を授与され、ここに晴れやかに卒業を認定されました365名の卒業生の皆さん、御卒業誠におめでとうございます。また、ここまで御子息、御子女の成長を見守りつつも、三年間の中で、幾多の困難に遭遇しながら、共に前を向きながら、歩んでこられた保護者の皆様方に対しましても、本当におめでとうございます、というお言葉を述べさせていただきたいと思います。

 私から巣立っていく皆さんへ、二点ばかりお話をしておきます。先ず第一点目ですが、日本人の良さ、倫理観を持ちつつ、その中に道徳心を持ち合わせながら、今後も活躍くださればと思っております。倫理観・道徳心の基本は、よいものはよい、悪いものは悪い、美しいものは美しいという単純明解なことが多いのですが、奥深い意味がそこにあります。先日閉幕した北京冬季オリンピックの日本選手団、採点競技全般の中で、不可解な判定や規定違反に問われ失格に陥った選手もおりましたが、誰一人審判や運営に関して不服や、異議を申し立てるものはおりませんでした。それ以上に、その判定をバネにして、さらに良い演技を行うなど、まさに武士道や道徳心を糧に倫理観を表してくれました。

 江戸時代、現、福島の地に、会津藩と呼ばれている地域、藩校がありました。下級武士を育てる藩校には、什なる掟があったそうです。その掟の最後には、「ならぬことはならぬものです」と書かれていました。

 人として生きるためには、理屈や言い訳が決して通らない、絶対にやってはいけないことがある。という意味が込められています。どんなに時代が変容しようも、人間として生きていく中で、駄目なものは駄目なのです。自分を戒めるとともに、成長する中で、部下や他人に対し、是非伝えていただきたい言葉です。

 二点目ですが、これからの人生、学びを止めないでいただきたいと思います。学びたいと思う時、それが学びのための大切な時です。就職を選んだ者、一番学ばなければいけない当事者です。日本経済の根底を支える皆さんは、就業のための学びを基に成長していくのです。一般企業人、公務員就職者を含め、いったい誰のために働くのか。個々の利潤を追求するだけではない、グローバルな見地からは、国民全体が生活していく満足度に対し、日々学びを追求していかなくてはならないのです。その先駆者として、就業していくという使命感を基に、今日、巣立っていってください。

 また、上級学校進学者は二年、三年、四年の学びの中で、自らの成長を感じつつも、高度な、先進的な学びを基盤にし、社会貢献に寄与できる人材として、数年後に大きく羽ばたいてほしいと、強く願うところです。

 私の母校の校訓には、禅の教え、行学一如という言葉があります。行う事、即ち学ぶこと。行わなければ学びは始まらない。行動は全て学びに直結するということです。行動は自らが起こさなければいけません。常に待ったなしの状態です。学びの多くが自らを成長させる事と心得ながら、日々充実した生活を送っていただきたいと思います。

 先日まで多くの卒業生が、校長室を訪れ、進路決定に関する報告に来てくれました。努力した結果が花開いた瞬間です。そこからが学びの始まりなのです。今後も学び舎を訪れていただき、私たちと共に学んでいきましょう。

 最後になりますが、お子様の成長を喜び、本日を迎えることができた保護者、御家族の皆様、繰り返しになりますが、本当に御卒業おめでとうございます。月日が流れるのは早いものです。今後ますます、その情景が心に染み入り、振り返ることになるかもしれませんが、そのような気持ちが沸き立つことも、今日が最後になるのかも知れません。是非、お子様との今までの生活をかえりみるとともに、より良い一日となるよう、心ゆくまでお話合いいただければと思います。

 卒業生の皆さん。君たちが残してくれた魂の片鱗を、ひとかけらだけでもいい、是非、上尾高校の若い命の泉に残していっていたければと思います。

 上尾高校は永久に我らの母校、不滅です。

 本日は誠におめでとうございます。

 

 令和四年三月十二日

                       埼玉県立上尾高等学校 第二四代校長

                                   嶋村 秀樹

 

今年度最後の学校説明会!

多くの受検生、保護者の皆様方、御協力いただき感謝申し上げます。

残り40日間、共に栄光に向かって突き進んでいきましょう。先ずは自分を信じて。

皆の頑張りが、全員の力になる。

  

  

野球、チア、吹奏楽、書道、各部活動の精鋭部員が、受検生応援。圧巻でした。

ありがとう。先輩が教職員が、この学び舎で皆を待つ!

 

 

令和3年度第3学期始業式 校長式辞

令和3年度第3学期始業式 校長式辞

 

令和4年1月11日(火)

 

 みなさんおはようございます。

 新しい年を迎え、元気に気持ちも新たにして、邁進していこうとする皆さんの姿を確認することができました。自分自身も襟を正しながら、職務を全うしていきたいと願っています。何よりもこの長期休業中に大きな事故もなく、生徒、教職員が本日登校・出勤できたことに大きな喜びを感じています。本日から通常登校、社会情勢の変化がありますが、しばらく様子を見ながら校務運営を進めていきたいと思います。急変時には、対応が迫られると思いますので、変更することもあると考え、最悪を想定しながら生活していきましょう。

 

 継続することの大切さ。継承とは。継(つなぐ。つづける。あとを引き受ける。うけつぐ。)

 正月は2日から恒例の箱根駅伝を観ることができました。毎年数々のドラマを届けてくれる、正月の風物詩です。母校が出場しているということもあるのですが、襷を繋ぐことの深い意味合いを感じ、伝統と共にテレビの前でしばし応援してしまいました。総10区間、襷を繋ぎながら走り抜く。単純そのものだけに深い趣を感じます。1秒を削り出すために、選手はどれだけの努力をしているのだろう。考えると身震いに近いものを感じざるを得ません。

 

 「継承(けいしょう)」とは「先代の仕事や財産、身分などを受け継ぐこと」を意味する言葉です。「継」が「後を継ぐこと」を、「承」が「前のものを受け継ぐこと」をそれぞれ意味します。

学校の現場に置き換えればどうでしょう。コロナ禍の中でも多くの学びを実践してきた3年生。部活動において多くの活躍をしてきた上級生。3月上旬には入学を許可される新たな仲間が入学してきます。この内容の濃い充実した3学期を整理する期間として位置づけ、是非自分で得たスキルや実績を下級生に継承してください。

 

 

 東大野球部前監督の浜田(はまだ)一志(かずし)氏はネットのコラムで、以下のようなことを申しています。

 野球でも勉強でも希望の進路に進みたいのなら、同じ目標を実現した身近なお手本を作ることです。人間というのはどんなに困難にみえる目標でも、実際に実現した人が身近にいると、自分もできると思うものです。大阪桐蔭がなぜ毎年のように甲子園の優勝候補になるかというと、先輩のプレーを真似して練習すれば優勝できるというのが分かっているから。開成高校からなぜ毎年、東大に100人以上合格するかというと、先輩の勉強法を真似すれば東大に受かるというのが分かっているからです。要するに身近なお手本がたくさんいるということです。野球強豪校も進学校も代々、先輩が後輩のお手本になり影響を与えるという、好循環があります。

 選手・生徒を集める。という基本ベースは必要なものの一理あるなと感じざるを得ません。

 

 在校生は先輩たちのよき伝統を継承しつつ、できる、可能にする、努力するという姿勢を忘れずにこの後の学校生活にリーダーシップを発揮していただきたい。3年生はそして自分たちが築き上げた土台を、後輩たちに伝授し、巣立っていってほしい。先ほどの駅伝の中で現れた新興勢力の大学も、先輩方のより良い見本を見て感じることで、部としての伝統が継承され、出場常連校へと進化していくのではと思います。

 

 年頭に申し上げる私からの切なる思いです。

 まずは3か月間、令和3年度をしっかりと締めくくっていきましょう。

(1,167文字)

 

第2学期終業式 校長挨拶

令和3年度第2学期終業式 校長式辞

 

令和3年12月24日(金)

 

 みなさんおはようございます。

 全校で一同に会し、皆さんと体育館にて終業式ができることを期待しましたが、新種株(オミクロン)の蔓延の危険性を考慮させて、形式を変更させていただきました。また、3年生の一般受験組の健康にも留意し、今回もリモートになったことについて、先ずはおわびするとともに、一刻も早いコロナウイルス感染に関する終息を心から願うばかりです。

 さて、そのような中でも今年度は一歩進んだ学校行事などに関して、実施することができたことは、大きな変化であったかと思います。何よりも校内で、明るく元気のよい生徒の声を聴く機会が増えたことに喜びを感じています。

 先日は、2学年生徒を引率し、関西方面に修学旅行に出かけることができました。何よりも生徒の皆さんの的確な行動と、マナーを守る姿勢から、大成功をおさめることができました。ありがとうございました。私からの気持ち、「感謝する」を体現、実践できたと思います。

 また、秋口には、体育祭も実施でき、皆さんの元気な姿を拝見し、心に自信が湧いてきたような気持がします。「松籟」上尾高校広報誌に様子がまとまって、配布させると思いますので、是非ご家庭で家族でご覧いただければと思います。

 さて、この文字(画一性)の意味はおわかりでしょうか?「画一性(的)」を構成している「画」という漢字には、限る・区切るという意味があり、時間・空間・数量・状態などの範囲を決めることを表しています。つまり「画一的」は、物事の範囲が一つだけで個性や特色がないことをいう意味です。あまり前向きでない、どちらかというとネガティブな言葉になっています。聴くとそのように感じてしまう人が多いのかもしれません。

 先ほど体育祭に関するお話もしましたが、体育祭期間中に車いすバスケ、東京パラ銀メダリストの卒業生、赤石君が本校に2回訪問してくださり、皆さん方にも熱いメッセージを残していってくれました。先日、社会福祉法人詩の「SAI」という広報誌が学校に送られてきました。その中に赤石君の特集がありましたので、彼が語った文章を読ませていただきました。その中の一説にこのようなくだりがありましたので紹介させていただきます。

 

 

 「違いを認め合う」ということ。今大会でのコンセプトの一つが、「多様性と調和」でした。

 車いすバスケの選手は、様々な種類の障害があり、障害の重さも様々です。僕が選手村で出会った、他の競技の選手も、また異なる障害を持っていました。実は僕たち障害者は、「多様性」の中でお互いの違いを認め合い、共に生きるという生活が当たり前になっています。今回の大会は多くの方が競技を見てくださったので、社会全体がこのような「多様性」を受け入れるきっかけとなったのではないでしょうか。

 

 障害という、「多様性」は決して画一的なものではありません。様々な障害の種類を理解し、互いに尊重できる世界が生まれることを、スポーツというパフォーマンスで見せてくれた東京パラリンピックを、1年遅れとはなりましたが、このコロナ禍の中で、観て感じることができたことに、大きな意義を感じました。また、障害者スポーツを行う、志すアスリートの多くが、多面的、多様性を持つ経験を、生活の中で行いながら、成長し結果を残していることを、この記事から感じることができました。

 画一的な考えが、決して悪いわけではありません。むしろ一つの目標に向かい、がむしゃらに努力することの大切さもありかと思います。しかし、人間の器を広げ、引き出しを多く持てることは画一的な考えだけでは実現できません。

 今年は多くの学校推薦型、総合型選抜の大学受験者の模擬面接を、担当させていただきました。その中で強調したのは、何故大学に行くのか?学びの意義は何か?ということです。全国から集まる多くの仲間と語り合う事、馬鹿をやること、羽目を外すこと、専門外のことにチャレンジする事。その4年間を多角的、多面的に、多様性を持ちながら生活できることに、大学に進む意味があるということを私から伝えました。

 画一的な考えだけでは打破できない様々な事柄も、物事を多面的に観ること、判断する事が出来れば、心を広く持ち生活できれば、大きく開眼できると思います。赤石君に多くを学ばせていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げるとともに、益々の活躍を祈念いたします。

 

 3学期も元気な姿を私に見せていただければと思います。

 以上で、私からの話しを終了します。                (1,795文字)