2024年3月の記事一覧
修了式校長講話(成功体験から多くを学ぶ)
令和5年度修了式校長講話
ー 成功体験から多くを学ぶ -
人間(皆さんも)誰しもが「できた」、「自信が無かったが、何とか成し遂げられた」という成功体験をお持ちであろう。私にもいくつかそのような秘め事があります。思い返してみると、ほんのちっぽけであったことですが、自分にとって大きな自信となった出来事であり、のちに、永遠に心にしまわれていき、たまに引き出しから出して自慢できるものだと感じています。
・逆上がりができた ・100m泳ぎ切った ・リフティングができた
・変化球を習得した ・検定試験に合格した ・目標個数の英単語を覚えた
・語学をマスターした ・ダンスを習得した ・会社運営が軌道に乗った
・目標であった志望校や進路先に内定した
成功体験を大切にして生きていくことは、自己の成長やポジティブな心構えを促進する上で非常に重要なことです。成功体験は、自らの生き方に自信をつけたり、目標を達成するためのモチベーションを高めたりするのに役立ちます。
以下、何故成功体験を大切にする必要があるのか、その理由と方法をいくつか挙げてみます。
1 自己肯定感の向上:
成功体験は、自分の能力や価値を肯定的に評価する上で重要です。成功体験を振り返り、自分の達成できること、できたことを実感することで、自己肯定感(自分自身が今の、ありのままの自分を認めて尊重すること)が高まります。
2 モチベーションの維持:
達成した成功体験は、次の目標に向けてのモチベーションを維持するのに役立ちます。成功体験を振り返ることで、困難に直面した時でも前向きな姿勢を維持しやすくなります。
3 成長の証拠と学びの機会:
成功体験は、自分の成長や学びの証拠となります。成功したことから得られる喜びや満足感は、自己啓発やスキル向上の励みになります。
また、成功体験を大切にするためには、次のような方法があります。
1 振り返り:
成功した経験を振り返り、その時の感情や状況を思い出します。その成功をもたらした要因や自分の取り組み方を考えます。
2 目標設定:
成功体験を積み重ねるために、明確な目標を設定します。小さな成功を積み重ねることで、大きな目標に向けて進んでいきます。
3 共有とフィードバック:
成功体験を周囲と共有し、フィードバックを受けることで、さらなる成長や学びが得られます。周囲からのサポートや励ましも、成功体験を大切にする上で重要です。成功体験をした。努力の結果得られた仲間や周囲の人をほめるとともに、ともに喜びあうことが大切です。そうすることで他人から認知された仲間の心の中には、自信と勇気がわくと思います。
成功体験を大切にすることは、自己成長やポジティブな心構えを促進するだけでなく、より充実した人生を送るための鍵となります。前述したように、他人へのリスペクトは忘れないでください。
さて、遠い昔の記憶になるかもしれませんが、自転車に乗れた喜びとは、皆さんが最初に得た成功体験の一つではないでしょうか。
自転車は人力と器械が調和して初めて体(たい・てい)を成す乗り物です。初めて自転車と対峙するときは、二点しか地面と設置しないこの奇妙な乗り物が、果たして意のままに操れるものなのであろうか、疑問に思うことでしょう。乗れるまでにはとてつもない修練が必要であることは幼心に響くと思います。何度横倒しになってもめげずに、ペダルを踏み続けた人だけが、走る体感を得られるのです。その喜びは、幼少期であっても誰でも記憶に鮮明に残っていることでしょう。
そうした試練のあとの乗り心地とは、単調な平地を走る爽快さから、ギアを変えずに坂道を上る苦しさまで、人生そのものであり、人の生きざまそのものをあらわしているようです。
ゆっくり走れば不安定になり、速く走れば車体は安定する。その感覚を知ると、わざと倒れようと思っても倒れることはできない。私たちは行きたい道を自転車に乗り、操ることで、思うままの方向へ向かっていけるのです。
そこで、あらためて私たちは感じるのです。自転車に乗ることで、人生最初の成功体験と、これからどんな困難に立ち向かって意向とも、必ず1人で走っていける自信をもらったということを。
新たな春を迎えます。出会いと別れが旅立ちという名の下でやってきます。目の前の坂がどれだけ急かはわかりませんが、自分が行くべき道ならば、志した道であるならば、よろけることなく進みたいものです。そのために、体重を乗せてしっかりペダルを踏み続けましょう。踏んでいかねば転倒します。時にはギアを変えてスマートに。時にはスピードを上げて颯爽と。
そのひたむきな姿勢が自分を確かな成長に導いてくれるはずです。
皆さんの御活躍を心より期待しています。
校長 嶋村 秀樹
全力で団結する力(結束は永遠に)
晴天の下競技会開始です。
声出しも何もかも全力で。溜まったストレスを発散するためにも。
Haagen-Dazsが欲しいようです。
式辞(第64回卒業証書授与式)
令和5年度第64回卒業証書授与式
校長 式辞
式辞 ここ数年で国際社会情勢、日本経済の根本、教育界全体の在り方や、今まで変革を要しなかった不易の流れが、大きく変わったこと等を、今まさに実感しています。あわただしい毎日を過ごしている中でも、季節の変化が、本格的な春を連れて来ようとしています。暖冬が続くと思いきや、降雪に悩まされる事態に対応せざるをえない様相は、まさに自然現象に立ち向かう我々が持つ、力の小ささを露呈しているかのようです。
しかしながら、元日に発生した能登半島を中心とする震災においては、多くの方々の犠牲の下、あの時を忘れないという強い気持ち。協力・協調・協働の基、力強く生きていくという、人間が元来持つ屈強な精神力を感じてしまうのは、私だけではないはずです。今でも多くの方々が避難所生活を強いられ、学校生活や卒業式をも満足に行うことができない現状を垣間見ると、今日のこの日を迎えられた事は何物にも代えがたい感があります。まずもって、被災された皆さんに対し、お見舞いを申しあげるとともに、尊い命を落とされた方々への哀悼の意を表したいと思います。
私自身、三年間の就業を、ここに終える皆さんに対して、このよき日に、式辞という形で言葉を伝えることができることは、本当にうれしい限りでございます。
本日は来賓席より、PTA会長様 をはじめ、本校の学校運営を支えていただいた、学校評議員の皆様方に、御臨席賜りましたこと、このよき日に、式場全体に、花を添えていただいたことに対し、最大限の感謝を申しあげます。本当にありがとうございます。
只今卒業証書を授与され、ここに晴れやかに卒業を認定されました、三五六名の卒業生の皆さん、卒業誠におめでとうございます。また、ここまで御子息、御子女の成長を見守りつつも、三年間の中で、幾多の困難に遭遇しながら、共に前を向き、歩んでこられた保護者の皆様方に対しましても、本当におめでとうございます。という言葉を述べさせていただきたいと思います。
さて、冒頭に申しあげた通り、幾多の困難に打ち勝つこと、変革の波に乗る。のまれないためにも必要になってくることは、目線を変えて物事に対峙することなのです。プロゴルファーがカップインを狙い、グリーン上の様々な位置からボールを見るのは何故か。また、映像の臨場感を増すため、テレビ局の番組制作者はドローンを多用し、鳥瞰図のように広義的な視野の中から、位置や方向づけを見出す工夫をするのは何故か。それは、固定化された場面から全体を把握することも大切ですが、主観に頼らず、より客観的に事態を把握することが大切だと感じるからです。単一的な視野から見る景色と、複眼的視野から見る景色との差は歴然な差があり、固定観念からの脱却がいかに大切かを教えてくれています。
また、大局的に自らの思考や裁量権を行使するためには、物理的・精神的な中に宿る「余白」を利用する、楽しむ心も大切であると言われています。「余白」とは、作成した文章の四方向に発生する空白部分であり、通常、多くは何も記されない、記述されない部分です。この部分にあえてものの見方や思考、考察、判断や情報を記し、中心部に清書して文言化、文章化することが考察力を深化させる方策として提唱させています。行動面からは、「余白」の中に「余裕」をもって生活することが求められます。普段よく目にしているホームページや、モバイルから提供される情報も、びっしりと詰まっていてカラフルなものよりも、シンプルなものの方が見易く捉えやすく感じます。また、行きたいページや箇所を見つけやすいという利点もあります。
いくら、仕事上で活躍しても、類まれな技術や創造力をもっていても、白の「余白」 = ゆとりや空白がないと、黒の部分 = 本質が台無しに。スケジュールがビッシリで忙しい。個人的な時間がとれない。趣味や余暇に時間が割けない。心のゆとりがないというのは、白(余白)のバランスが悪いからなのです。
「余白」は主に物理的な空間や時間の空白を指し、余裕は心理的なリソースや能力を指します。両者を組み合わせることで、より充実した生活や効果的な仕事をすることができます。「余白」を持っていると、「余裕」が生まれやすく、逆もまた然りです。
昔から、「親の背を見て子は育つ」と申します。さらに今は、親の生き方までを、子が注視する時代になったのかも知れません。卒業する皆さんは、これから様々な道を歩んでいきますが、身体的・精神的・社会的に良好な生活をおくるとともに、自らの姿そのもの、生き様に対し、他人から憧れを抱かせるような人物になっていただきたいと思います。行動に対しては常に一呼吸置き、「余裕」を持つ中から「余白」を楽しみながら充実感を持つ。工夫する生き方を実践していってください。また、その中で共存する、共生していく仲間たち同士が、幸せや、生きがいを感じられるような社会づくりに、皆さん自身が貢献していただきたいと思います。明るい未来を構築できるのは、若い感性を持続することができる、ここに集った三五六名なのです。
最後になりますが、お子様の成長を喜び、本日を迎えることができた保護者、御家族の皆様、繰り返しになりますが、本当に御卒業おめでとうございます。月日が流れるのは早いものです。今後ますます、その情景が心に染み入り、振り返ることになるかもしれません。また親子で気持ちが高揚することも、今日が最後になるのかも知れません。なぜならば、お子さんは明日から成人として自らの意思で行動していかねばならないからです。是非、今までの生活全般をかえりみるとともに、今日がより良い一日となるよう、心ゆくまでお話合いいただければと思います。
卒業生の皆さん。皆さんが残してくれた魂の片鱗を、ひとかけらだけでも良いのです。是非、上尾高校の若い命の泉に残していっていたければと思います。
持続的な幸福を夢見るとともに。
上尾高校は永久に皆さんの、我らの母校なのです。
本日は誠におめでとうございます。
令和六年三月九日
埼玉県立上尾高等学校 校長 嶋村 秀樹